先日、友人3人と私の合わせて4人で
夕食を共にしました。
皆さんそれぞれが女性として素敵ですし
輝いていますし、お金持ちです(笑)。
ビルと店舗のオーナー夫人とか
家が代々お金持ちのお嬢様とか。
お話しを聞いていると、とても楽しいし
私にとって良い刺激になっていると思っていました。
でも、ある時からこの「刺激」がうっとおしくなり。。。
「刺激」が自分を否定する時間になってしまいました。
「○○さんは、あんなにお気遣いできるのに、私ったら…」
「△△さんは、こんなに素敵なのに、私にはそれが無い…」
他人基準で自分を比べて、無い物事にフォーカスしていました。
そして、残念なことに当時の私は
「○○さんの真似をすれば、気遣いになるんだ」
「△△さんと同じテイストの物を持てば素敵になれる」
と、他人をコピーすれば良いという発想を持ちました。
当然、そんなことしてみたところで、私の心は満たされません。
イヤ、むしろ虚しさが漂い、よけいに自分が惨めな感じ。。。
相手の反応、評価、良い印象を残すことばかりを意識し、
自分で自分を大切にせずにいました。
そして、私に話を振られると、
あまりおしゃべりが得意でなく、言葉数が少ないうえ
私は自分の価値を認めていないので
自虐的なオチで話を終わらせてしまいました。
私には私のオリジナルの魅力と良さがあって
他人が知るのは私の断片的な、ほんの一部でしかないのです。
なので、私オリジナルの魅力と良さを私自身が大切にして、
それを認めてくれる人との交流を大切にすること。
「気を遣わなきゃ」、「相手に何かをしなきゃ」
という必要以上のサービス精神はやめて、
私がその場で心地良く過ごせることを許可すれば、
自然と落ち着いた印象になり、相手にも伝わる。
私の経験・価値観・意見だって、世界でただひとつ。
それを恥ずかしがらず、丁寧に表現することが
私の色々な側面を知ってもらう大切な機会であるということ。
話が得意じゃないかもしれないけど、
私は、人の話をきちんと聴くことができて、
慎ましやかで、控えめ、落ち着いた女性だということ。
静かで穏やかなペースで、人を気遣うことができるという
素敵な一面を持っているということ。
こんな感じで、
「私は私でいいんだよ」「どんな私でも素敵なんだよ」
自分で自分を認めてあげる発想をすることで、
人間関係に焦りや比較、虚無感を手放すことができました。
他人の評価は、私の断片的な一部でしかありません。
私の良さ、私のオリジナリティは、私自身が認めて
それを理解して、受け入れてくれる人を大切にすること。
自尊心を大切に育むことで、在り方が変わり
取り巻く世界も変わっていきます。
一朝一夕で変わることはありませんが、
少しづつでも変わっていけば、
それが大きな変化に繋がります。
話は戻って、友人との食事。
美味しい食事を頂き、楽しい時間を過ごせて、
今までのお別れしたあとの虚しさや惨めさは
一切なかったです。
むしろ、お会いできたことへの感謝の気持ちでいっぱいです。
自分を大事にすることは、素晴らしいことなのです。