私のシンプルな暮らし

不要な物事は削ぎ落とし、モノは少しだけ持ち大切にする暮らし。

心の平安を保つために、「中庸」 があってもいい

先日の記事『【シンプルな思考】 選択肢は “ふたつだけ”』では、

“二択にしてシンプルに判断するよう意識している”と書いておきながら、

ある場面では「中庸」があっていいと思っています。

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「好き・嫌い」「やる・やらない」「行く・行かない」

といった行為に関することは、あっさり決められます。

しかし、「人づきあい」の場面では、

YES・NOの二択では、自分自身を苦しめることがあります。 

 

私は人づきあいが苦手ですし(そもそも人間嫌い?)

他人に関心を寄せません。

 

親密な関係を築いたり、親友がいる人、

「まさかの時こそ真の友」と言う人もいますが、

そういう関係を構築したことの無い私には、

分からない世界です。

 

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仮に“親密”や“親友”をYESに振り分けたとしたら、

私にはYESはありません。

“断絶”をNOに振り分けると、“断絶”やNOに近い“疎遠”や

“友達というほどではない関係”の人が多いです。

 

曖昧な方が、心の平安が保たれる

ということが多いと感じているのです。

なので、便利な「中庸」を用いているのです。

 

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ごくたまに、

「浅く狭い人間関係しか築けなくてかわいそう」

的な事を言われることがあります。

そう言う本人の価値観からすれば

私は可哀想かもしれません。

 

だけど、私はこれで心の平安が保たれているので、

かわいそうとか寂しいなんて微塵も思わず

これが幸せだと感じています。 

 

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お読みくださり、ありがとうございました。 

 


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